太宰府天満宮に牛がいる理由(わけ)

太宰府天満宮入り口の牛

太宰府天満宮にはこんな牛がいるんです

 境内のあちこちで見ることができる神牛。太宰府天満宮本殿建立の聖地が牛との神縁によって定められたことに由来し、奉納されています。それでは、太宰府天満宮の建立と牛との関わり合いとはどのようなものなのでしょうか。その関係を話す前に、太宰府天満宮に奉られている」菅原道真という人について少し詳しく見ていきましょう。

神牛に関係の深い菅原道真と言う人

天満宮-牛 菅原道真は平安時代に一流の学者であり、政治家でもあった方です。その豊かな学才により、菅原道真は有力氏族の出身ではなかったにもかかわらず、右大臣の地位まで上り詰めます。しかしながら、異例の出世を果たした菅原道真はその出世によりねたまれることになり、時の左大臣藤原時平のうその告げ口(讒言ざんげん)により太宰府に左遷されることとなってしまいます。しかしながら、国家、天皇家への忠誠を貫いた菅原道真の一生は後世までその品格を称えられることとなりました。

太宰府天満宮に牛がいる理由(わけ)

天満宮の牛-左前 菅原道真は太宰府に左遷されてからも、国家、天皇家への忠誠心が途絶えることはありませんでしたが、無実の罪が晴れる日を迎えることなく、病で59歳で亡くなってしまいます。菅公(菅原道真のこと)の遺骸を牛車(ぎっしゃ)に乗せて進んでいたところ、急に牛が伏し、門弟である味酒安行は「菅公の御心である」と、その地に遺骸を葬ります。遺骸を葬られた地が今の太宰府天満宮の本殿の場所ということです。  菅原道真の遺骸を乗せた牛が留まったところに太宰府天満宮を建立したって言うことで、太宰府天満宮には牛が神牛として境内のあちこちに牛の像があるわけですね。また、その牛の像がみんな寝そべっているのは、菅原道真の遺骸を乗せて進んでいた牛が伏したというところからきてるんですね。

菅原道真が神様になった理由

 ところで、菅原道真の死後、京の都(京都)では落雷や火災などの災害が発生したということです。さらに、醍醐天皇の崩御、時平一族の死などが相次ぎ、人々はこれらの災いを「菅公の神罰」だと恐れ、信じたと伝えられています。時平の讒言を知った朝廷は後に菅原道真の名誉回復に努め、正一位太政大臣を追贈します。菅原道真はこうして天満大自在天神として、人々の尊崇(そんすう)を集め、現在にいたります。
天満宮の神牛
 ↑確かに神牛は寝そべっている

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